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札幌高等裁判所 昭和24年(新を)102号 判決 1949年12月03日

控訴人 被告人 白井勘六 外二人

弁護人 中山信一郎

検察官 佐藤哲雄関与

主文

本件各控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人竹中武雄の負担とする。

理由

被告人等弁護人中山信一郎の控訴趣意は別紙記載の通りであつてこれに対する判断は次の通りである。

第一点について。

刑事訴訟法第三百十二条にいう訴因とは公訴の原因たる犯罪構成事実を指すものであり、この犯罪構成事実の追加又は変更は事実の同一性を害しない限度において許されることは同条の明示するところであるが、検察官がかような訴因の追加又は変更を請求しない場合において裁判所が起訴状に記載された訴因と一致しない訴因に該当する犯罪事実を認定することができるかどうかは同条及び第三百七十八条第三号に関連する問題である。これは二の場合を分つて考えなければならない。その一は裁判所の認定する事実が訴因たる事実とその種類を異にするか又はその態様限度において訴因たる事実よりも拡大されたものである場合であつて、この場合において裁判所がかような認定をするには必ずや検察官がその訴因を追加又は変更して裁判所の認定すべき犯罪事実に一致せしめなければならない。例えば訴因が窃盜である起訴に対し賍物運搬を認定し(異種犯罪)また訴因が強盜である起訴に対し強盜傷人と認定し(単純罪と結合罪)訴因が殺人未遂である起訴に対し殺人と認定する(未遂罪と既遂罪)などはこれである。その二は裁判所の認定する事実が訴因たる事実とその罪種を異にせず、且つその態様限度において訴因たる事実よりも縮小されたものである場合であつて、この場合において裁判所がかようの認定をするには必ずしも検察官によつてその訴因を変更して裁判所の認定すべき犯罪事実に一致せしめられることを必要としないものと解するのを相当とする。例えば前述結合罪の起訴に対し単純罪を認定し又は既遂罪の起訴に対し未遂罪を認定するなどはこれである。何となればかような訴因にもとずく起訴すなわち審判の請求の中にはおのずから裁判所の認定する犯罪事実に対する審判の請求を包含しているのであつて裁判所が訴因の変更を待たないでその審判をしても決して被告人の防禦に実質的な不利益を生ずる余地がないからである。本件起訴状に記載された訴因は強姦致傷、すなわち強姦傷害の結合罪を構成する事実であり、原判決の認定した事実はその単純罪たる強姦罪を構成する事実であるから検察官が特に強姦致傷の訴因を強姦に変更することがなかつたにもかかわらず、原判決が強姦の事実を認定したことをもつて、刑事訴訟法第三百七十八条に該当する事由があり又は訴訟手続に法令の違反があるということはできないのである。

第二点について。

原判決の認定した被告人等の強姦罪の犯状その他原審において証拠とすることができた各証拠によつて認めうる諸般の情状を考量すると原判決が被告人等を各懲役三年に処したのは、果して刑の量定が不当であることを信ずるに足りないのである。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条、第百八十一条、第百八十五条を適用し主文の通り判決する。

(裁判長判事 藤田和夫 判事 佐藤昌彦 判事 河野力)

弁護人中山信一郎の控訴趣意

第一点原審においては刑事訴訟法第三百七十八条第三号に該当する事由があり、又は訴訟手続に法令の違反があつてその違反が判決に影響を及ぼすこと明らかなものがある。本件の起訴状によると、被告人等を強姦致傷罪として起訴しているが証拠調の結果傷害の点についてはその証明がないことは訴訟記録によつて明らかとなつたので、原審はこれを単純に強姦罪と認定して判決を宣告したのである。糺問的、職権訴追的な色彩を帯びた旧刑事訴訟法時代の裁判ならまだしも当事者主義を根本精神とする新刑事訴訟法の下においては、かかる場合には刑事訴訟法第三百十二条によつて適切妥当な手続をすべきが当然であるのに拘らず何等の措置をしないで漫然右の如き判決をしたのは明かに冒頭掲記のような違法があつて原判決は破棄を免かれないと信ずる。

第二点仮に第一点の主張が立たないとしても原審における刑の量定は不当である。本件訴訟記録を通覧すると(一)被告人等と被害者松浦ミチヨは昭和二十四年二月二十二日夜鈴木源吾方で飲酒被告人被害者ともに相当酩酊していて、結局本件はお互に酩酊していた同志の間に起つたものであること。(二)被害者は平素から素行等について近隣に兎角の風評があつて被害当夜鈴木方における挙動等についても愼しみ深い女性とは思われないこと。(三)被告人等三名の素行については鈴木源吾の証言によるとおとなしい方であつて人間の正しい方向に精進するという目的で結成された良道会に入会していること。被告人等は本件以来自らの非行を深く後悔して改悛の情を披れきしていることは原審公判最終の被告人等の陳述によつても十分認められる。又被告人高田、竹中は前科はないこと等が看取される。白井は現在酒を絶つて厚生を誓つている。以上の諸点からして被告人等に対しては出来得る限り軽い刑を以つて臨むべきであるに拘らず漫然各懲役三年を科した原判決は刑の量定不当と謂わなければならない。

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